月光の織り手 渡 キ代子さん76才

2010.03.27 Saturday

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    神様の紬〜月光への扉 truth

    2010.03.26 Friday

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      gekkou 

      2010年3月5日 午後5時〜

      私が追い求めてきた、この『月光』。

      奄美大島への移動日を含めると2日目になる3月5日、ある意味初日。

      その初日に、『月光』が、織られている、その貴重な時と出会う。




      この初日の、この貴重な時間の後、

      私は、暫く、言葉をなくすほど、自分の心を越えて震える時間が続いた。

      それほど、それほどの時間だった。



      『月光』の素晴らしい真実。そして織り手の、渡キヨコさんとの時間。



      それは、今の私の中でも眩しすぎて、何も見えなくなるほど光り輝く。

      この輝きが、奄美大島をくるおしいほど愛し、大島紬を愛おしくて

      しかたがない私をつくっているのだろう。





      3月5日午後5時。国直海岸から山越えをして名瀬市内に戻り

      織り元の興社長と合流して、『月光』を織ることができる、ただ一人の

      渡キヨコさんのお宅まで向かう。




      市街地を抜け、山間に入って行く途中にキヨコさんのご自宅がある。

      興社長の自宅でできた、甘味の強いたんかんという奄美名産の蜜柑を

      手土産に玄関を入り居間へ。居間の横にある縁側に置かれた、高機には

      織りかけの『月光』が静かに在る。





      キヨコさんは、11才で初めて高機の前に座り、織り始めたのは16才から。

      織り続けて60年のベテランさん。





      そのベテランさんの中でも、話題ののの(奄美では大島紬のことをののと呼ぶ)

      『月光』は、織る事が非常に困難だと。

      興社長は、キヨコさんしか織ることができないという。





      キヨコさんの言葉を納めたかったので、デジカメの動画モードを選択。

      しかし、キヨコさんをいきなり撮影するのも、なんだか土足で上がり込む感

      があって、画像は”のの”だけに向けられています。(ご了承)




      動画の中で聞こえる、明るいキヨコさんの声が、月光を織る困難さを

      何度も何度も繰り返す。

      私は、その特別な『月光』を目の前にし、明るいキヨコさん全体から伝わる

      織り手、人生のつわもの感に興奮の感動で、言葉が出ず、凄いですねとしか

      言いようがなかった。





      そして

      この『月光』は、生多良の色と、隈元さんのデザイン、

      そして織り手のキヨコさんの3人でなければできない大島紬と

      織り元の興社長は言う。普段はそんなこと、一言もいわない社長の

      静かな口調に、すごい扉が開いたと、事実真相を前に体が硬直した。

      〜続く....