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2018.02.15 Thursday

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    美しいということは苦しいこと。

    2016.06.06 Monday

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      IMG_1551.JPG




      美しいということは苦しいこと。「氷の花火 山口小夜子」

      その言葉が今も私の心の中に存在し続ける。


      5年もスケジュールが合わなくて、やっとこの日に心理学占星術ザビエのセッションが、映画のすぐ後に待っていたのに

      映画を見終えた後、すぐには席から立つことができなかった。







      IMG_1552.JPG




      山口小夜子といえば、私が10代の頃、世界のクチュールのショーのフィナーレを決める日本初のファッションモデル。

      その当時は、ファッション業界もデザイン業界も今より、遠く高い位置にあったように感じる。

      デザインを勉強し始めた多感な少女だった私の感覚でもあるが、この映画の中では、当時の蒼々たる顔ぶれの登場。

      現役で活躍し続ける彼らの今の姿に懐かしさと、自身の今、先へのエールをもらいながら、その当時の「トンガッタ」

      その種子が、トンガッタ種子だからこそ、時を重ねて美しく生き続けていくことができるのだろうと思いながら

      穏やかな味わい深い彼らの表情を見る。











      資生堂、セルジュルタンのCM。

      クチュールのファッションモデルも印象的だが、この資生堂、セルジュルタンのPHOTOは

      永遠の憧れでもあるような。

      映画は、ドキュメンタリー。

      彼女の本棚の中には、世阿弥まで。その書籍のコレクションの中に表現者としての痛いほどの探究心を感じた。

      資生堂との契約が終わるとともに、山海塾へと。

      ミューズの表現の先をドキュメンタリーは追う。彼女の表現は時の経が続き、一つの表現の先に、その表現の発酵の上に

      新しい表現が熟成されていく。57歳でこの世を去った山口小夜子。

      最後のステージとなったファッションショーのステージの、その一瞬、一瞬が

      完結したような劇場であった。


      一つの表現の先に、またその表現をと重ね続ける。生き続けることで生まれる人生そのもののアート。














      美しいということは苦しいこと。


      美しいと言うことは苦しいこと。彼女の言葉、映画の中のテロップが、まだまだ私の心の中に存在し続け語りかけている。




      表現〜

      生き方、暮らし方、自身の精神、それをも超えた内側なのか、外側なのか魂なのか?本能なのか?

      何か自身に、自身の「真実」に忠実であればあるほど、苦しいこともしかりで

      その忠実さは、一寸も自身に嘘がないそのものを追いかける。だからこそ苦しいものだと。

      今も直面する自身の何か、ずっと向き合い続けている何かを思い出さずにはいられなかった。


      若い頃からの仕事に対する、表現に対する真実は、いつもその先を見たがるので

      いつも苦しい方の選択しかできなかった私。

      これは、もう質だから仕方がないのだろう。これからも自身の好奇心、探究心へと続くのであろう。

      しかし、苦しさからは脱出して穏やかに暮らしたい、生きたいとは思うのだが。





      生きること〜


      生きること。その美しさは、何かしら自分でこさえた「その正義感」に忠実であることが「美しくあること」

      であったように思う。その正義感の奥には「ルーツ」があったりと。

      この正義感は、生き方、心の視点のあり方を変えることで、苦しさからは遠くなるように思う。

      これは、映画の後に受けたザビエのセッションを終えてから、住み分けが出来るようになった。

      この日は、この映画とザビエのセッション。この二つがセットで、このタイミングで起こることが

      ずっと前から決まっていたように思われるような。全てのカードが開かれカードが揃った「今」のタイミングを

      待っていたような。そんなストーリー。


      ザビエ・ベトコート



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      まだまだ

      私の中で波紋が続いている。


      表現の美のミューズからの投げられたそのものは、

      まるで氷の花火だ、何故、映画のタイトルが「氷の花火」なのか改めて思ったが、


      この映画は、花火のように、私の心の中で打ち放たれたように、自身の中にあるものを浮かび上がらせ

      そしてこの先、この映画は、美のミューズが放った光は

      私の先の私の心の中を浮かび上がらせるのであろうと。

      まるで氷の宝石の中で、永遠に開く花火のように〜。






       

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