年末の奄美詣出。お札を納めにまいりました。

2015.12.06 Sunday

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    本日は年末のご感謝、奄美詣出。

    大島紬誕生地・奄美大島のアーティスト、中孝介(あたりこうすけ)君

    の『目をとじても』のCDリリースプロモーションへ行ってまいりました。

    午後二時から名古屋パルコ。午後7時半から大高のイオン。



    CDを購入するとクジ引きで当たれば、中君とツーショットの写真を

    撮ることができる。

    6枚のカードの中から1枚だけのハートのエースを引く。

    どちらの会場でも当たり、2度のツーショット写真ゲットです。
     
    どうせ当たらないから?なんて不安を吹き飛ばし、当たるって宣言。
     
    カードを見ると2枚目のカードよ。とカードが濃くなって知らせたようで
     
    自分の感覚を信じ、引くとハートのエース。
     
    2度目の大高イオンでは、また、2度も当たらないよねとかな不安を
     
    吹き飛ばし、願いながら天に聞くと、左から三番目と聞こえた。
     
    揺らぎそうになりながらも、その声に従った。
     
    2度目も当たった。







     
    自分を信じきることを

     
    信じきる魔法を学んだ。



     

    不思議とご縁が繋がる、ファンクラブの王御所のぴかちゃんと



     
    ライブでは
     
    1:サンサーラ
     
    2:花
     
    3:糸
     
    4:君のかけら
     
    そしてNHKみんなの歌でも人気の
     
    5:目をとじても
     
    と豪華に5曲。


    「糸」は中島みゆきさんのカバー。

    大島紬誕生地の奄美大島だからではないのだが、
     
    私は中くんの「糸」が一番好きです。


     
    umu-wakaを始めてからの時代を
     
    中くんの歌に支えられながらきたので、
     
    彼の歌を聞きながら
     
    色んな人への感謝で手を合わせる。
     
    奄美大島、大島紬への感謝の祈り。
     
    CD購入は、お守り購入と同じです。





     
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    10月11日にリリースされた「目をとじても」
     
    1番前の真ん中でかぶりつきで恥ずかしながら聞く。
     
    この曲は、何度聞いても涙が溢れる。
     
    先頭センターでも、ズルズルと涙が溢れるのはしかたがないね。


     
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    2件のイベントで中君のライブを聞き終え
     
    帰りの車の中では、大音量で「目をとじても」


     
    大号泣で高速を運転するのは、毎度のこと。
     
    けれど、今回は、何かが違ったようで。


     
    この2年の間におこった事を、愛と感謝で包み込んだ。

     
    全てが、全てを胸に受け止めることができた。

     
    今日は、そんな日だった。









    目を閉じても見える人〜♪

    私は あなたの愛で できている〜♪





    血がDNAが繋がらなくても、

    愛でできているわたし。

    目を閉じても見える、亡き父の顔

    幼い頃から、ずっと繋がる、その時の経の中に

    母の愛情たっぷりの眼差しや肌のぬくもりを覚えている。

    その先にある木漏れ日のような父の優しい目。
     
    父と母の愛という時間の中で笑っているわたし。





    そして

    顔を一度も見ぬまま、亡くなってしまったもう一人の父。

    父の死で私は、地元の故郷へ帰ることができた。

    顔も見ぬまま、知らないまま、見ることができない父の顔だけれど

    血と肉、DNAが繋がっている。

    だから、顔を見ぬまま亡くなった父だけれど、

    肉体が父のぬくもりを知っている。

    幾通もの手紙。




    目を閉じても見える人

    私はあなたの愛で できている。

    歩いて行く、あなたがくれた愛を胸に。

     
    2人の父と母の愛でできている。
     
    感謝



     

    奄美の竪琴〜盛島てげてげ〜節

    2014.03.09 Sunday

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      奄美の竪琴、盛島貴男さん




      今回の奄美大島カイロンリターンの旅の目的に


      奄美大島の竪琴を購入することもありました。



      現在、奄美の竪琴を製作しているのは盛島貴男さん一人だけ。


      最近は、彼のファンキーな歌声と人柄に魅了された


      内地の有名どころのミュージシャンも多く訪れているようですが









      私が盛島さんを知ったのは、2010年、東京三宿のギャラリーで


      朝花というExhibitionを開催したときでした。



      この時に偶然、知り合った奄美大島の島唄をうたう


      えぐさ由唄さんの紹介で竪琴奏者、盛島貴男を知ることになった。





      umu-waka Exhibition 朝花@2010
      由唄さんが島唄を披露しに来て下さいました。
      東京三宿が奄美大島になりました。




      神ぬ引き合わせに 稀稀 汝きゃば拝んでぃ(朝花)

      こうしてお会いできたことは、神様の引き合わせでしょう。



      この出会いから、竪琴、そして島唄、奄美大島、琉球


      ワタブーショー、竪琴先駆者、里国隆、豆地獄


      民族文化、もちろん大島紬もですが....



      探求は深まりに深まって行った私。




      Exhibitionの時は、毎朝、里国隆さんの朝花をかけて始まります。






      憧れ続けた盛島さん訪問。








      わしの〜しいたけ小屋はねぇ〜


      幽霊がぁ〜出るよぉ〜。




      ええええええ???

      見たことあるんですか?




      ないよぉ〜


      恐いからねぇ〜早く帰るからぁ〜。







      奄美の島唄で、兄と妹の禁断の愛を唄った悲しい唄が


      曲がりょ高頂節。妹への禁断の愛の重さに病む兄を救うために


      愛を終わらせるために、妹が自身で仕組んで兄に殺され、


      た悲しいジョウゴ川の伝説の唄。龍郷町の赤尾木と屋入の間にある峠が


      この唄の舞台。この近くに盛島さんのしいたけの栽培小屋がある。





       



      島唄には、けっこう辛辣な内容のものも多いのですが

      美人過ぎていじめられて、死んじゃったとか、

      他には、薩摩藩時代の年貢に苦しめられたときの唄とか

      ままま〜

      語り出すと長くなるのでこのへんで終わりにして....。




      語り継がれる、謡い継がれる島唄ですが、

      盛島さんは、たぶんね=このあたりで遊ぶと危険だから

      そんな幽霊伝説を大人が作ったのよ。なんて話される。





      第一サティアン、第二サティアン、第三サティアンとある盛島さんのお家





      奄美大島を知り出すと


      アミダクジのように、広がり広がりで


      たくさん知りたくなっていくでしょ。




      と盛島さん、そうなんですよ!!

      そうなんですよ!!



      と、今までの復習に始まり、更にその事実真相を知り


      そしてその中に、生きること、人生のことも


      あっぱれ楽しく、「盛島節・てげてげ〜論」。




      突然ライブが始まるという第一サティアン
      昭和の貧しい時代のように、そのままの生活が今の時代に良いんだよと。






      そしてそして、


      神様のようにあがめておりました、里国隆さんから


      じきじきに伝授された竪琴、里さんの命日には


      里さんの墓前で、演奏されるという。




      盛島さんのお風呂





      もうもうのたうちまうほどの大興奮で


      初日は、一日中お話。



      あまりの心地よさで、このサティアンに泊まろうか?


      生活できる!なんて思った私。


      素朴&てげてげ〜






      戦時中の路傍の唄者・里国隆さんが飼っていた犬の子孫・チビちゃん



      まま

      そんなこんなで


      2日間、盛島さんのサティアンを訪ねて


      歴史のこと、現代のこと、日本のこと、百万トンのお話と


      竪琴の練習と.....。


      たくさんのドラマは書き綴りきることは

      一度にはできませんが、



      写真は、阿呆顔で撮るのが良いんだよ〜と。
      かっこつけて、大きく見せてもしかたがない。
      阿呆顔の中に人の魅力があると...。





      ぼちぼちと

      気が向いた時に綴ってまいりましょう。




      私の竪琴でございます。




      来年の今頃は、


      Exhibitionの時に、奄美の竪琴を弾いて


      島唄をご披露していることでしょう。













      竪琴を購入しました。

      2014.03.03 Monday

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        熟練の織工の光子おば

        2014.03.03 Monday

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          生多良が育った集落の海。昔はサンゴ礁でいっぱいの浜でした






          今回の奄美では、生多良のおじいさんのお墓参りと


          生多良を育てた、


          姉でもあり、母でもある生多良の叔母の光子さんを 


          尋ねる事も楽しみの一つでした。




          光子おばを尋ねる日、ご主人が暮れから入院され


          その看護疲れか、腰が痛くて起きあがれない状態と聞き、


          少しばかり畑仕事や家事のお手伝いをして見舞いました。


          こんな調子の私なので、帰る頃には光子おばも


          笑い転げて、気持ちが元気になったと。




          私も


          阿弥陀くじのように知れば知るほど、知りたい事が増える


          奄美大島の歴史や紬のこと、そんな気持ちを喜んで


          たくさん教えて頂き、二人でワクワクでした。









          光子おばのリクエストでスパゲティを作りました。話しに花が咲き
          気づくと、三種類のスパゲティを作っておった私。






          しかし、


          光子おばは、78歳。


          熟練の織工さん。


          今回の腰を悪くしたことで


          織工を辞めると決めていた。










          ここでも


          熟練の織工さんのリタイア。



          織元さんの所へ行ったた時も、70代の熟練さん達の引退が続くと


          しかし、若手の60歳代は元気だからだと聞きましたが


          若手は60歳です。











          光子おばが、織りかけて止まっている機を見て


          生多良が言う。


          元気だったら、この簡単な大島紬なら1ヶ月で織ることができると。


          しかし、織り賃は時給換算できないほどの低賃金と。


          ボランティアか、福祉のような世界。




          ここでも色々と考えてしまうのだが


          余計なお世話なのかもしれないが.....。





          光子おばからお土産で頂いた島ウリの漬け物と


          黒糖焼酎を片手に、生多良から聞く


          また低賃金の話しに心が痛くなる私でした。





          島ウリの漬け物。光子おばが作った絶品のお漬け物








          しかし、


          光子おばは、引退して自分が好きな物を織りたいと、


          温めていた色々なアイディアがあると言うので


          それじゃあ、生多良が染めた糸で一緒に大島紬でも


          帯でも作りましょう!!と約束した事を思い出し


          生多良と一緒に先の楽しみを夢見るのでした。




          今度、光子おばを尋ねる時は


          機織りを教えてもらう約束をした。


          それもとても楽しみです。




          温かい心が通い合う人達と美しい物を作る。


          幸せを織りなすumu-wakaの未来の大島紬を夢見て.....。







          大島紬時代史〜

          2014.03.02 Sunday

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            気配を染めたumu-wakaの新たな色群〜
            大判のたおやかストールの新色が似合う生多良〜






            古い時を重ねた、龍郷柄の大島紬の中に


            大島紬の、一番うつくしい姿を見て


            親方さんの匠の大島紬を見て


            自身の中でイメージしていた、創ろうとしていた


            umu-wakaの大島紬の意味を問いながら














            くも膜下で倒れ、三度の手術で復活し退院して3ヶ月の


            生多良を訪ねる。


            元気に元気に、後遺症もなく黒糖焼酎も進む生多良。


            毎晩遅くまでソチオリンピックを見ながら


            語りあう。語り合う。いつもの晩酌が嬉しい。






            テレビを見ながら、合間にiPhoneを触りながら


            古い大島紬に魅了された私は、インターネットのオークションツールで


            古い大島紬を検索する。




            斬新な柄の大島紬を生多良に見せながら、


            生多良がその大島紬の柄を通して


            その柄が流行した時代背景を語る。




            この時代はね、織れば売れる時代。


            問屋の言うままに作った不本意な大島紬がこれだよ。とか、


            これは、ガチャ織りだよ。余った糸を寄せ集めて


            機械でがちゃがちゃ織ったものよ。安いけれど大島紬の商標が


            ついているから、その当時は売れたのよ。とか。




            この時代は、仲買人がいて、問屋があって.....。


            と、オークションの大島紬の写真を見ながら


            生多良の語りは大島紬の時代史であり







            その流通に翻弄されながら....


            光と陰。


            その美しい大島紬の栄華と衰退の中に


            人々の生活、営み、人間の業(ごう)息づかいが聞こえる。


            その物語に一喜一憂しながら、善悪もなし、


            陰の悪なことがらがあって、生き続けることもある。


            陰、悪に感謝することもある。それが生命力であったり


            人間であったり、ずっと続く因習に寄り添いながら今がある。


            伝統文化を守るとかロマンを語るより、今日の飯だの世界もある。






            刷り込み染めを終えた筵(ムシロ)。
            一種類の絣糸を染めるために織られる筵。筵を破って縦糸だけを取り出す。
            1種類の糸、16反分の絣糸を一つの筵で染めます。






            その長い息づかいの中に、私には何ができるのだろうか?


            と自身を問う。呉服屋でも問屋でもない私に


            何ができるのだろうか?と非力な自分を見る。




            わかりやすい、umu-wakaらしい大島紬を


            機械織りでつくろうと、敷居を低くした


            センスの良い大島紬を創ろうと考えていた私は


            その意味を問う。






            美し過ぎて寒気が走った大島紬

            2014.03.02 Sunday

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              2013年グランプリ受賞作品・色大島紬・月光







              50歳の誕生日記念として、新しい龍郷柄の大島紬を仕立てようと


              生多良の親方さんの織元さんへ伺った。




              自身への龍郷柄の大島紬を見立て、龍郷柄、秋名柄の大島紬を


              仕入れる大島紬を決めて、さてさて、気になっていた


              昨年のグランプリ受賞の色大島の月光を見せて頂きました。




              総絣のこの織り。神業としか思えない色絣のデザイン構成。






              ちょうど、一年前に


              この大島紬のデザイン図を見たのですが


              現物の美しい仕上がりに、驚愕です。



              この細かく計算された糸の、織りのデザイン。


              神業としか思えません。







              デザイン画





              反物をうまくアレンジして、着物を着ているように


              私自身にも、まとわせて頂いたのですが










              美しさに、美し過ぎて寒気がはしりました。


              こんな、美しさに寒気が走る経験は


              始めてです。





              匠の人間が考えつくした技の数々は


              想像を絶する技のひとつひとつ、大島紬だけの技の数々は


              全てを説明するには、ありあまる時間が必要なのですが












              その匠の数々の技や作業工程を知って行くうちに



              技を駆使した、手間隙をかけた大島紬が素晴らしい!


              世間に伝えたいの想いが強くなったり、シンプルに見た目が


              写り映えするものより、駆使した物が素晴らしいと思うようになった


              私でもあるのですが....。




              この寒気が走る程の荘厳な芸術品、美術品のような


              大島紬を前に恐れ多くなる思いでいっぱいになりました。









              今から数年前、


              始めてここを訪れた時は、大島紬は高級品。


              高級品はさぞや雅なのであろうかと思いのままやって来た時、



              色々な大島紬を見て、実際に自分が着た時は


              どんな風にうつるのか?想像すらできないほど


              理解ができなかった。


              帯を合わせるにしても、どのような帯が合うのかも


              まったくわからなかった。



              それなのに、今は、この大島紬にはこんな帯が良いとか


              匠の難しい柄を愛でる自分がいる。





              前日に出会った、喜多八の女将さんの古い龍郷柄の大島紬。


              シンプルな龍郷柄の大島紬が時を重ねた美しさが一番!っと


              感動していたのに、これは全く別世界の大島紬。



              別世界の大島紬に感動、あっぱれひれ伏す私がいます。


              ほぼ、カウンターパンチです。


              (わかりやすい大島紬をumu-wakaで制作しようと思っていた

              自身の心意気が音を立てて萎んでいくように感じました。)




              モダンな大島紬、大柄の桜の中に見える青紫の絣が美しい





              どんな着物も、もとは庶民が着るものでしたが


              大島紬は、普段着、正式な場面には着ていく事はできないと


              ある団体が決めた決め事ではあるのですが、


              その払拭にと、大島紬は芸術品のような世界へと


              研究を重ね、その世界へ走ったのかもしれません。


              もっと遡れば、薩摩藩への年貢として、より素晴らしいものを


              と研究に研究を重ねた結果かも知れません。



              時代とともに変化していった大島紬。


              作り手側の努力、その匠の技にフォーカスすると


              私自身の価値観も見え方も変わります。




              50歳記念の龍郷柄の大島紬





              どっぷりとその作り手側の世界の中で見て行くと


              見えるものと見えなくなる物があるなと


              感じる部分もあるなと、今は少し冷静に思うのですが...。



              美し過ぎて寒気が走った経験は始めてでした。








              いちばん美しい大島紬

              2014.03.02 Sunday

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                お孫さんの大島紬も受け継がれたもの。








                奄美大島へ行ったら、いつも最初に行くお店が島料理の喜多八さん。


                とても繊細な味付けで美味しい島料理が頂ける。という理由だけで


                はなく、ここの女将さんが素敵だから。




                洋服にアレンジした大島紬を美しく着ておられる女将さん。


                世の中で一番、大島紬が似合う女性と思っている。




                大島紬は、母から子へ、子から孫へと受け継がれる。


                他の着物と違って、大島紬には裏表もなく、汚れたら


                裏と表を反対にして仕立て直せば良いのですが...。


                雨の日は大島紬を。と言われるように大島紬は日常着として


                古くから召されておりましたように、丈夫でくたびれません。






                それ以上に、時を重ねた大島紬は、真綿のように優しい風合い


                となり、美しさが、優しさが増していく。



                寄り添い寄り添い続けることで、息づく。














                女将さんの大島紬は、100年とか古い大島紬。


                大島紬を代表する龍郷柄も、今風にデザインが進化し続ける中


                当時のデザインが、希少なというか


                そのデザインに心が惹かれる。






                古い大胆な大きな龍郷柄。お店の暖簾も大島紬です。





                大島紬は普段着。正式な場所へは着ていかれない。


                とうたったのは、ある着物の協会。


                だからなのか、お洒落着、パーティー用へと技を高めて


                芸術的な大島紬へと進化につぐ進化を続けてきた大島紬。











                けれど


                やっぱり私は、この代表する龍郷柄が一番好きです。


                そして美しい龍郷柄の大島紬は、時を重ねる程


                美しさが増して行く。




                母から子へ、子から孫へと。


                日常に寄り添うその優しさと愛が


                その美しさを光のように透明感を増して行くのでしょう。








                カイロンリターン。大島紬誕生地・奄美大島詣

                2014.02.28 Friday

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                  人生、50歳の誕生日過ぎに誰にでも訪れるカイロンリターン。


                  星が、出生時と全く同じ配置になる時のことをカイロンリターン


                  といい、大きな癒しが訪れ人生再誕生。



                  この特別な時を


                  大島紬誕生地・奄美大島の最高峰、霊峰湯湾岳で迎えようと


                  奄美に渡っていました。



                  人生、この先、大島紬の伝承へと、そして


                  大島紬を新たなデザインへと手がけ始めることへの


                  了解を頂きに行っておりました。










                  霊峰・湯湾岳は、奄美大島を創られた神様


                  阿麻弥姑(アマミコ)様と志礼仁久(シレニク)様の二神様を


                  祀られた聖地。









                  大和村側から車で山道を上がるルートを選び


                  マテリアの滝(真太陽の滝壺)で清めてと.....




                  この日の天気予報は、雨のち曇りとどんよりグズついた


                  天気だったのですが、マテリアの滝へ着いたら


                  空からが割れはじめ、太陽が顔を出し始めます。










                  お天道様、ありがとうございます。


                  ありがとうございます。とお礼をいうと


                  ますます、お天道さんが輝き出します。








                  写真を撮ろうとすると


                  スポットライトをあてるかのように


                  そこに、光があたります。






                  そういえば、


                  今回も、天然記念物のルリカゲスという美しい青紫色の鳥が


                  今回は、2羽、湯湾岳へ入る時に目の前をさ〜っと、


                  横切りました。


                  ありがたや〜ありがたや〜。









                  湯湾岳の登山道口に車を停めて、登山道へ向かいます。





                  ヘゴの葉が笑って話しかけます。







                  樹々の精霊の声を聞きながら














                  神々に


                  近くから


                  見守られるように




                  ユワンツチトリモチ





                  頂上を目指す途中


                  少しだけ雨が、堪えきれずにポツポツと....









                  この時期は


                  山の守り神のハブ様は、


                  土の中でお休み中なのですが、


                  このハブ除け棒を、ストックがわりにして


                  登頂を目指します。








                  鳥居をくぐり


                  登頂です。





                  登頂に着いたと同時に


                  曇っていた空から青空が顔を出します。










                  一緒に登った


                  東京のギャラリーのオーナーも驚きです。










                  阿麻弥姑様と、志礼仁久様の前で


                  長い報告をしておりますと



                  風が静まり、空気が止まったような空間が訪れます。


                  神様が、聞いていて下さるようです。










                  神様への報告が終わりますと


                  私の出生時の時間が間近です。




                  13時26分、間近。


                  その時間を計算して、ここまで来たわけでなく


                  途中に道に迷ったりとか、色々な偶然が重なり


                  13時26分ジャストを湯湾岳の登頂で迎えることができました。







                  その後も


                  まるで、神懸かりなのかしら???


                  な空の模様。



                  神秘的な再誕生、


                  カイロンリターンを迎えました。



                  感謝〜。


                  年末の奄美詣〜☆2013年のお礼詣りのコンサートでございます☆

                  2013.12.22 Sunday

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                    ☆〜中孝介くんのコンサートグッズは龍郷柄のタオルです〜☆





                    今日は、中孝介(あたりこうすけ)くんのコンサート。


                    今年は奄美大島へ行くことができないので


                    中孝介くんは、大島紬誕生地 ・奄美大島出身で


                    奄美の唄者でもありますし、umu-wakaと共に


                    私とともにある中孝介くんは特別でして




                    今日のコンサートは、私にとって


                    奄美大島への年末の参拝、お礼詣りなのです。




                    彼のメジャーデビューがumu-wakaの立ち上がり時期と


                    同じで、毎年、ひとつずつひとつずつ苦難を乗り切るたびに


                    そのひとつずつの物語が、中孝介くんのひとつずつの歌と


                    一緒になり、励まされてきましたし、




                    彼のコンサートグッズの泥染めTシャツは


                    仲間の泥染め職人さんが作っているのでね〜



                    それに、今でも奄美大島に住みメジャーで活躍中。


                    コンサートの時は、大島紬のことや奄美大島のことを


                    伝えているからね。私のご本尊的な中孝介くんなので


                    ございます。




                    ☆〜うちの大島紬・龍郷柄のハンチング&中孝介くん着きタオル〜☆
                      



                    千秋楽の名古屋のコンサートは白川ホール。


                    クラシックも多く開かれる音響抜群の中で


                    まるでご祈祷されてる気分です。



                    今回は7月にリリースされたカバーアルバムが中心。


                    生多良が、くも膜下出血で倒れてから復活へ向かう時


                    そのCDの中にある「瑠璃色の地球」には


                    そうとう慰められたので


                    コンサートが始まって、上を向いて歩こうの次に


                    瑠璃色の地球です。





                    ♪〜夜明けも来ない夜はないさ〜♪

                       泣き顔が〜微笑みに〜変わる瞬間の涙を

                        世界中の人に〜わけてあげたい〜♪

                        あなたがそこにいたから

                        生きてこられた〜♪














                    最初から


                    もうすでに


                    涙が、だあだあぁ....です。




                    中島みゆきさんのカバーの「糸」は


                    中くんのピアノ弾き語り



                    こちらでも涙だぁだぁ〜


                    この曲を聞きながら


                    大島紬の作り手側になろうと決心し


                    正式に生多良に弟子入りし、若多良襲名。



                    そして来年から

                    umu-wakaで大島紬を創り始める。




                    ☆〜たくさん握手をした手でございます。
                      保存用に、このタオルにも握手を拭って頂きました〜☆




                    今回は、


                    1曲だけ、奄美の島唄を彼は三味線を弾きながら


                    歌ってくれました。




                    いつもストールの仕上げの時に聞いている


                    「糸繰節(いとくりぶし)」です。


                    ものすごく集中できて仕事がはかどるのでございますよ。




                    ちゃんと、間の手を入れられる私が


                    ちょっと嬉しかったわけでして......。





                    奄美の島唄は


                    沖縄の島唄と違ってファルセットで歌う部分が多く

                    これが、また、そのハートチャクラを刺激するのでございます。


                    奄美大島の三味線は沖縄の三味線より糸が細く

                    ええんですよ。



                    ☆~今年の12月25日で奄美大島が日本復帰60周年
                      太平洋戦争の後、沖縄と同様に奄美大島もアメリカ領土に。
                      平地が少なく利用価値が少ない奄美大島は沖縄より早くに
                      日本へ返還されました〜☆






                    その後も


                    路の途中


                    家路



                    苦難やら共に越えた要な曲が歌われるたびに


                    涙と鼻水に見舞われた私でございます。





                    はい。


                    2013年の奄美大島お礼詣り


                    中孝介くんと、たくさん握手をして


                    たくさん感謝なお話をして


                    御守りなグッズを頂きまして


                    ありがたや〜な詣でございました。








                    師走な気分〜☆

                    2012.01.20 Friday

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                      ☆〜奄美手帳〜旧暦でお祭りなどの予定も書かれております〜☆





                      23日は、旧正月。

                      そして新月でもあります。


                      旧暦で要な日ってのが、新月や満月ということはあたり前のように

                      毎年重なるわけですから、ご先祖様達は、そういった自然のエネルギーと

                      ともに暮らす智慧をたずさえておられたのでしょう。




                      さてさて

                      旧正月に合わせてなのか?

                      本日も師走の大掃除のごとくな一日。








                      手荒れを防ぐためにとゴム手袋大活躍でございます。

                      消耗品だからこそ、と、少々高めのお洒落さんな

                      ゴム手袋を使って、乙女気分な大掃除で旧師走をいそいそでございます。



                       

                      百貫デブ街道まっしぐら!!!いってらっしゃ〜い☆

                      2010.07.02 Friday

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                        5月に開催したumu-waka Exhibition 朝花 →http://bit.ly/cgKVmO

                        では、タイトル通り、稀れぃな出会いがたくさんたくさんあったのですが、



                        Exhibitionで初めて出会った素敵なご夫妻は、明日から奄美大島旅行!!

                        ってなことで、奄美のお話など、先ほどお電話をしていたんですが〜

                        なんだか、私がそわそわして嬉しくなっちゃう!!!

                        スーツケースの用意しているくらいな気分になる私って単純なのか..???



                        いやはや、Exhibitionに来て下さった方々やストールを購入いただいた方々は

                        みなさん揃って、『奄美大島に行きたい〜連れてって〜。』と。

                        嬉しい嬉しい〜ことでございます。






                        地元のスーパーの魚売り場は、田中一村美術館だったな〜







                        たぶん、広げたら1mを越すだろうなと思われるタコさんに出会える

                        水族館もスーパーで出会ったなぁ〜☆







                        この写真のお肉を置いてあるスーパーは、品が良かったけど

                        ディープなスーパーのお肉は、はじめ人間ギャートルズだったなぁ〜。

                        なんて思い出していると.............






                        ああ〜

                        タロイモ....うまかったなぁ〜。








                        豚味噌もピーナッツも島らっきょうも美味かったなぁ〜

                        あああ、

                        大島紬を織る前に、糸を固める糊の原料となる『いぎす』という海藻の

                        お刺身、最高に美味しかったのに写真がないなぁ〜。

                        あれ?っと美味しかったものの写真を探すと、撮っていない私がいる.....。



                        『wakaさん〜写真、撮らんでよかっちゃねぇ〜??』



                        そうそう、美味しそうで美味しくって........

                        写真を撮る前に全部、たいらげていたので写真がないです〜。

                        時おり..残っている料理の写真は、たいらげた後の残骸か.....

                        興社長やほずみさんから譲ってもらった....自分以外のお皿....。

                        結局撮影後は、人様の分までたいらげましたが.....





                        おかげさまで、

                        いまも百貫デブ街道!まっしぐらで...ございますぅ〜









                        端午の節句

                        2010.06.18 Friday

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                          旧暦で5月5日、端午の節句の日は、
                          ちょいとアクシデントなども続き、わっさわっさと特別に忙しい1日でした。
                          沖縄や奄美のことに詳しい方から、


                          沖縄のウミンチューの最大派閥の糸満では旧5月4日に
                          ハーレーをやります。
                          端午の節句と関係あるんじゃないかと私は思っています。

                          南西諸島ではこの前後で梅雨が開けて盛夏がやってきます。
                          二毛作の最初の刈入やお祭りなど元気いっぱいの季節。


                          いよいよ来たぞという喜びの前祝いで、なんというか人々が
                          「やるぞー」と気合を入れたのが端午なのかぁと。



                          旧暦で書かれた奄美手帳 → http://bit.ly/cflGKZ



                          春に計画を立てたことは、叶いやすいと言われます。自然界のエネルギーと
                          同調して人生を進めて行くこと、人間も地球の自然の産物。



                          今は、芽吹いた樹々が、勢い良く成長していく季節に突入。
                          梅雨の大雨は、地場を流しますが強固にもする。
                          ちょいと例えが違いますが、雨降って地固まる。


                          わっさわっさな問題点は、クリアして、よっしゃ!いきまっせ!!
                          って感じになれましたしね、まるで潔い男の子みたいな思考だった私。


                          旧暦で書かれた奄美手帳は私のバイブルです。


                          そうそう
                          来月の今頃は、東武百貨店池袋店で奄美大島物産展 → http://bit.ly/bHRG7J
                          織元の興紬さんのお手伝いをしています。


                          2010.7.15〜7.21
                          奄美大島物産展
                          東武百貨店・池袋10階催事場 Hozumi Collection






                          奄美たて琴

                          2010.06.14 Monday

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                            ニドゥ ヤマヤ ホックナ

                            2010.05.31 Monday

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                               ニドゥ ヤマヤ ホックナ 奄美大島のことわざ

                              『後戻りをして 二度山に 入るな』

                              山に薪(マキ)取りに行った行った男が、荷造りをして帰ろうとしたが
                              荷物が軽いのであの木までと二度山に入って行きました。
                              あの木まであの木までと欲がでて疲れて怪我をしたり、ハブにかまれた
                              人もいたとの事です。

                              欲張るな。無理をするな。と教えています。

                              シマのことわざ 日高潤郎 著より〜







                              奄美大島の島唄、子守唄、ことわざからは

                              大切な教えや、忘れてしまった人間として大切なことが、たくさん気づかされます。

                              素朴で温かな奄美の方言のニュアンスが、心に近く話しかけます。








                              私は生多良の色と出会い、大島紬と出会い、奄美大島と出会いました。

                              奄美大島の複雑怪奇な歴史の奥深さを知ることは、

                              今の日本を考える上で、とても大切な事だと思います。

                              普天間問題を含め、もっと世界を大局的に感じるためにも、奄美大島の歴史

                              を紐解く、知ることは日本人として、どう生きるか?を考えること。





                              180工程以上の、そりゃ〜気が遠くなるほどの年月をかけて出来上がる大島紬。

                              織り糸の絣糸、1本を作り上げるために、幾人以上の造り手達が携わり

                              その点々の模様の絣糸の点と点を十字に合わせて、大島紬の模様や色の

                              グラデーションを紡いで行く。勘と記憶、職人魂の集大成が大島紬。


                              今昔の歴史、造り手達の人生と命で生まれた、1反の大島紬。

                              奄美大島では、大島紬のことを『のの』と呼びますが、その名の響きが

                              ごとく愛おしい物です。






                              奄美大島で育ち大島紬の色を生み出してきた生多良もよく言います。


                              誰でも、奄美大島に行けば、忘れてしまった自分を思い出すことができるね〜

                              鎧兜を脱ぐ事ができるがよぉ。



                              生多良の色と共に、そんな大切なことを伝えて行きたいって思っています。

                              先日のトークショーの後は、全員が奄美大島に行きたい!!って!




                               
                              結婚間近のちいちゃんカップルは、新婚旅行で奄美大島に行く!!って。

                              みんなみんな軽やかに幸せになぁれ。




                              さたやどり 二つの瞬間

                              2010.04.02 Friday

                              0
                                いやはや、 私の馬力は、すんごいなあ!とつくづく感心!!まだまだ仕事中で、あと一踏ん張り なんでございます。 こちらは、さたやどりで、古代種の糖黍を絞り出す機械を引いている バレンちゃん。とっても仲良しになった可愛い女の子ですが、 彼女は、私に同じ匂いを感じたから心を開いてくれたのかもしれません。 さたよどりの隈元さんは、普段は大島紬の図案&デザインをしている。 いつも上から、何かが降りてくる時を待ってデザインの仕事をする。 土日だけ、お父様から受け継いだ黒糖作りをする。 それも、古代種の黍を古代からの方法で忠実に作る。 デザインなんかの仕事は、ある意味、自分との、とことんのとことん向き合う仕事。 ほんと、苦しくなるほど、自己深堀の極地。 デザインも、文章も同じ。掘り起こして、掘り起こして降りて来る瞬間を待つ。 物づくりでも、何かの素材と対話をしながら作る仕事は 相手がいるので、いささか、自己深堀りとは違う。ある意味、『無』の時間を 作るような.....そして、人間とは違う『モノ』と向き合い、その『モノ』との間で しかない『言語』を使ってコミュニケーションをする。 この2種類の『モノヅクリ』のバランスって、 とても快調君なバランス。だから、私もフラワーアレンジとか染色でバランスを とっているのかな?なんて思ったりする。 そして隈元さんのように、デザインの仕事も本物なら、 もう一つの黒糖作りも、極めた本物の仕事をしている。


                                『来た!来た!』と隈元さんは、その瞬間を感じる。


                                3月7日に奄美で、隈元さんの黒糖作りを、ずっと見ていて、その息づかいや 視線の中に、色々な気づきがありました。 個展には、隈元さんの黒糖も大島紬のデザイン、図面も持って行きます!!!

                                結晶過程

                                2010.04.01 Thursday

                                0
                                  昨日までの慌ただしさから不思議と解放されている私。

                                  静かな雨の1日が、怒濤のように押し寄せた様々なことを大地に根付かせるが

                                  ごとく。まだまだやる事はいっぱいあるんですが、なんか安定している私。



                                  私の思考も、凄くすっきり整理されて、大島紬、奄美大島、全てを含む色

                                  を、私というフィルターを通して、どう語っていくのか?描いて行くのか?

                                  着地したなと思っています。








                                  大島紬のこと、奄美大島のこと、人の経を語るには

                                  まず、どうしても奄美大島の古い歴史に触れざる終えません。




                                  揺れる奄美、その光と陰 南方新社。この書籍を皆さんにお奨めしたいと

                                  思うのは、今の日本の政治や経済、生き方や心の問題、

                                  それらを考え直す、またヒントがあります。そしてもっと探求していきたく

                                  なると思いますがね。




                                  4日のトークショーでもお話させていただきますが

                                  ふふ。ちょっと深い話になってしまいそうですがね〜。

                                  はは。でも私のキャラクターで明るく元気元気!でお帰り頂けると

                                  思いますが......。







                                  現実は小説より奇なり〜ではなく、現実は小説よりわざとらしい事実

                                  2010.03.30 Tuesday

                                  0
                                    アダンとソテツ 
                                    奄美を代表する日本画家・田中一村・アダンとソテツ



                                    奄美大島に渡った、ちょうど一ヶ月後に個展の初日を迎える。

                                    個展まで、あと4日。

                                    プレッシャーと緊張、そして目の前にある膨大な仕事量に不整脈になるけど

                                    今日も、奄美大島から1mのでかいアダンやソテツ、シャリンバイの花が

                                    船に乗って個展会場に向かっている。そんな状況を思い浮かべると

                                    うれし涙が出る。奄美から助っ人君達が一足先に個展の会場に向かっている。



                                    長平庵・初代オーナー長兵衛さん・黒船のコックさんだった長平衛さん



                                    今回の個展会場、長平庵のオーナー・日本画家の朋百香と出会って1年。

                                    初めて長平庵に伺ったのが1月末。 http://www.tomoko-358.com/info.html

                                    もう、その頃から偶然出会う人達は奄美大島に関係している人ばかり。

                                    日本の人口は奄美大島出身が50%?日本の首都は奄美大島?なんて

                                    思われる程〜。



                                    そして、この長平庵に伺った時も薩摩藩の紋が入った飾り棚や芭蕉布の襖がある。

                                    ここもご縁。しかし、最近はそのご縁がもっとご縁を生むというかシンクロ倍増!

                                    私個人レベルではなく、朋百香さんと私の二人のシンクロの話が、二つ貝が

                                    合わさって一つの話になる。

                                    朋百香さんblogチェック→http://tomoko358.blog102.fc2.com/



                                    いったい何が起こっているんだろう?

                                    神様は、私達に何を、どこへ向かえと行っているか?

                                    って思いたくなる程、神懸かり的にも思えてしまうほど。


                                    だから、自らが企てたことではなく導きからだから、もう委ねよー。

                                    と、朋百香さんからも言われると、妙に安心してしまうんですね。





                                    長平庵の廊下


                                    現実は小説より 鬼なり〜を通り越し

                                    現実は小説より、わざとらしい事実。

                                    さんもん映画のよう〜



                                    しかし、私も奄美の古い歴史にも詳しくなった。

                                    日本の歴史にも非常に詳しくなった。そうそう朋百香さんもですが。

                                    今、NHK大河ドラマ龍馬伝が人気ですが、奄美には明治維新の裏話が

                                    たくさんある。ある意味、明治維新は奄美大島がなかったら起らなかった!

                                    そう思う。




                                    よく朋百香さんと笑い話で

                                    きっと私達、前世は奄美大島でユタ神様(霊媒師)でもしたかもね。

                                    いやいや、家人(ヤンチュ・債務奴隷)だったけど、薩摩藩の役人のアゴ(島の愛人)

                                    になって、楽な暮らしに逃げたタイプかも〜って笑い合ってますが



                                    まったくもって、同じ情報を共有できて

                                    同じように個展前のひっちゃかめっちゃかな心身状態も理解でき合う

                                    方々が廻りにいっぱいいて、幸せな環境です。私。



                                    さ!

                                    大島紬色語りblogもクライマックス奄美大島の旅に突入なはずですが

                                    さてさて


                                    この忙しさ!アップができますでしょうか?



                                    ふふ。当日、個展会場に来て下さればお話ができますね。

                                    そして、内地では手に入らない古代種の糖黍からできた『さたゆ』という

                                    絶品グルメに舌鼓もできます。

                                    お待ちしています。  waka






                                    さたやどり〜雨の長く急な坂道

                                    2010.03.28 Sunday

                                    0
                                      個展まであと5日だというのに発熱、胃の具合が悪く小ちゃな胃けいれんな私。

                                      奄美に古くから伝わる胃を整える作用があるというくびきの木チップを

                                      煎じ、さたやどりの黒糖を加えたものを飲みながら、

                                      奄美で一番安らいだ、温かい1日であった、さたやどりでの1日を思い出し、

                                      ふたつの相乗効果で少しだけ回復。



                                      奄美のことは1年がかり、いや一生かかっても伝えきれないほどかもしれない。

                                      だから、個展までにと慌てず、ゆっくりと感じていこう。





                                      2010年3月7日(日)

                                      ただただ、すべてを理解する。

                                      その景色や空気と同じように、静かに優しく身体中に浸透していく

                                      仕事のこと、人生の大切なこと。細胞に浸透した1日。




                                      この日は、朝からドシャブリ。前も見えないほどの大雨。

                                      前日、隈元さんを怒らせてはいけないから、時間厳守!

                                      仕事の邪魔にならないように、あまり喋んないでね!と興社長に釘を

                                      さされ、深夜遅くまでホテルでDMの準備をしていたにも関わらず

                                      朝6時に起きて、さたやどりがある、秋名集落までぶっ飛ばそうとするが、


                                      急こうばいで、カーブの激しい山道を登っていかなくてはいけない。

                                      しかし、坂道を川のように流れる雨水は、土砂崩れでもおきないか?

                                      と心配するほどの大雨で、私も車くんも、ずんぐりゆっくり。


                                      島唄の、長雲節→http://umu-waka.jugem.jp/?eid=45のようだ。

                                      恋人が待っていれば、走りも軽やかだったんでしょうね。

                                      でも今度、行く時は、恋人が待っている気分かもしれない(笑)







                                      さたやどりまで〜長雲節

                                      2010.03.28 Sunday

                                      0

                                        長雲節〜

                                        2010.03.28 Sunday

                                        0
                                           長雲節

                                          この歌は龍郷町から、さたやどりがある、秋名集落へ向かう途中の坂を唄っています。

                                          龍郷から嘉渡に続く長雲坂の長いこと、

                                          嘉渡から秋名に通じるさゆじ坂の急なこと。

                                          そんな険しい坂も待っている恋人のことを思えば車が通る平らな道のようだ。



                                          と唄っている。




                                          これは秋名集落の柄。『バラ』。

                                          バラとは、農作物を入れるザルのことです。



                                          秋名集落は、奄美大島の中で、唯一、稲を育てられる地区でもあります。

                                          大島紬の織り手・人生の経

                                          2010.03.27 Saturday

                                          0
                                            動画にアップできたものは、こちら1本だけ。

                                            クリック→http://umu-waka.jugem.jp/?eid=40


                                            他は、諸事情により公けにはアップできないので、個展の時のみ

                                            お見せしようと思います。




                                            2010年3月5日 午後5時半〜


                                            織り手のキ代子さんと『月光』を前に、緊張感で言葉が出ず

                                            ただ、凄いですねとしか言いようがなかった。脳からは小学生レベルの

                                            国語辞典さえ無くなってしまったような私になっていました。



                                            そして

                                            土足では入られない、その本質に気軽に触れてはいけない。そんな気がして。

                                            それは敬意、そして、何も知らない内地からきたという勝手な遠慮だったかも

                                            しれない。



                                            硬直する私に興社長は、うまく間の手を入れて下さったり

                                            『一緒に写真ば、撮らんかね〜』

                                            と、促して頂いた。






                                            『昔はね、もうね、夢中で織ったがですよ〜。

                                                朝の6時から夜の10時ぐらいまではね〜。』




                                            『若い頃はね〜、誰がいちばん早く織れるか

                                             コンテストがあったですよぉ。いえや〜ん、負けられんばい!

                                              って頑張って織ったがですよ〜。』





                                            壁にはいくつかの賞状がかかっていた。


                                            昭和四十六年 大島紬産地競技会

                                            大島紬 九マルキの部 入賞 (マルキー絣模様の細かさを表します。)
                                            興紬工場



                                            色褪せた賞状から、大島紬がにぎわっていた頃の、活気あるその風景が

                                            浮かび上がって見えたような気がした。






                                            あんたは、内地から来たね〜?

                                            あんたは、鳥取から来たね〜?

                                            あんたは、山口から来たね〜?

                                            目の前の、名古屋コーチンサブレを眺めながら、何度もどこから来たのか?

                                            そう聞くキ代子さん。




                                            そんなキ代子さんは、昨年末、屋根から落ちて左手首を15針縫う大怪我をした。

                                            生々しく残る傷跡の下には、神経などを固定するパイプが入っているそうだ。



                                            『何度もね〜、興さんとこに電話をせなんばって、思ったがですよ。

                                             織られんば、織られんばって

                                             毎日、電話せんばって思っていたがですよ。』



                                            『でもね、今年に入ってから高機の前に座ってみて

                                              少しだけ動かしてみたら、織れたがですよ。』









                                            今は、動かせづらい左手をかばうように、少しずつ織っている。

                                            それでも、センマイどおしを使って、両手で織り目をの合わせる作業は

                                            難しそう。




                                            『あんたは、鳥取から来たね〜?』と、聞くキ代子さん。

                                            技の記憶だけで、織られているようだ。

                                            座り心地の悪い高機で、無心に織られる姿を拝見していて胸がいっぱいになった。



                                            その大島紬、そのののが、愛おしくてしかたがない存在と思った。



                                            涙が溢れそうになった。

                                            でも涙を流す事が、キ代子さんの人生の経に失礼に思えて

                                            泣くことを一生懸命我慢した。



                                            昔は、人身売買から逃れるためには大島紬の織り手になることだけ

                                            しかなかったと聞いたことがある。

                                            キ代子さんの人生の選択はどうであったかは、わからない。



                                            けれど、この精密過ぎる高度な技を要する『月光』と向き合うキ代子さん。

                                            なんだか意味もわからず、胸の内側からこみ上げる。




                                            興社長が、そろそろ行くよ。と玄関を出た。

                                            私は、胸が詰まってうまく話せない状況で感謝を伝えると



                                            キ代子さんは、

                                            涙を汗のように拭いながら、


                                            『あんたのように、内地の若い人にも

                                             こんなふうに思ってもらって......

                                                ののを織ってきて、良かったぁ........。』





                                            車に乗り込むと、興社長は

                                            『キ代子さんも、あと、二反、織れれば、いいとこだなあ』と。



                                            『他にもベテランの織り手もいるけど........

                                             それにね、今は大島紬が売れないから、織りたくても織られん

                                              おばちゃん達も多い........。』





                                            なんだか

                                            ものすごい印籠を頂いたような気がした。





                                            少しずつでも、大島紬のこと、奄美大島のこと、

                                            色んなことを、しっかりと伝えて、高級品でツンとした大島紬!ではなく


                                            愛おしくて、大切に大切に感じてもらえる方々に

                                            一反でも多く、届けたい。



                                            そんな、覚悟にも似た意志が私の中に芽生えました。








                                            月光の織り手 渡 キ代子さん76才

                                            2010.03.27 Saturday

                                            0

                                              神様の紬〜月光への扉 truth

                                              2010.03.26 Friday

                                              0
                                                gekkou 

                                                2010年3月5日 午後5時〜

                                                私が追い求めてきた、この『月光』。

                                                奄美大島への移動日を含めると2日目になる3月5日、ある意味初日。

                                                その初日に、『月光』が、織られている、その貴重な時と出会う。




                                                この初日の、この貴重な時間の後、

                                                私は、暫く、言葉をなくすほど、自分の心を越えて震える時間が続いた。

                                                それほど、それほどの時間だった。



                                                『月光』の素晴らしい真実。そして織り手の、渡キヨコさんとの時間。



                                                それは、今の私の中でも眩しすぎて、何も見えなくなるほど光り輝く。

                                                この輝きが、奄美大島をくるおしいほど愛し、大島紬を愛おしくて

                                                しかたがない私をつくっているのだろう。





                                                3月5日午後5時。国直海岸から山越えをして名瀬市内に戻り

                                                織り元の興社長と合流して、『月光』を織ることができる、ただ一人の

                                                渡キヨコさんのお宅まで向かう。




                                                市街地を抜け、山間に入って行く途中にキヨコさんのご自宅がある。

                                                興社長の自宅でできた、甘味の強いたんかんという奄美名産の蜜柑を

                                                手土産に玄関を入り居間へ。居間の横にある縁側に置かれた、高機には

                                                織りかけの『月光』が静かに在る。





                                                キヨコさんは、11才で初めて高機の前に座り、織り始めたのは16才から。

                                                織り続けて60年のベテランさん。





                                                そのベテランさんの中でも、話題ののの(奄美では大島紬のことをののと呼ぶ)

                                                『月光』は、織る事が非常に困難だと。

                                                興社長は、キヨコさんしか織ることができないという。





                                                キヨコさんの言葉を納めたかったので、デジカメの動画モードを選択。

                                                しかし、キヨコさんをいきなり撮影するのも、なんだか土足で上がり込む感

                                                があって、画像は”のの”だけに向けられています。(ご了承)




                                                動画の中で聞こえる、明るいキヨコさんの声が、月光を織る困難さを

                                                何度も何度も繰り返す。

                                                私は、その特別な『月光』を目の前にし、明るいキヨコさん全体から伝わる

                                                織り手、人生のつわもの感に興奮の感動で、言葉が出ず、凄いですねとしか

                                                言いようがなかった。





                                                そして

                                                この『月光』は、生多良の色と、隈元さんのデザイン、

                                                そして織り手のキヨコさんの3人でなければできない大島紬と

                                                織り元の興社長は言う。普段はそんなこと、一言もいわない社長の

                                                静かな口調に、すごい扉が開いたと、事実真相を前に体が硬直した。

                                                〜続く....







                                                月光〜最期の命の火が燃える瞬間

                                                2010.03.24 Wednesday

                                                0
                                                  月光


                                                  ふと見上げた夜空

                                                  そして美しい夜空に わたしは 魅了される

                                                  わたしは 思う

                                                  この美しい月の色を わたしの手の中で染め上げたいと....




                                                  そして、その時に出会った月の色を再現するために、

                                                  生多良は5年の月日を要しました。そして、その月の色で染め上げた

                                                  大島紬は、2005年グランプリを受賞し、

                                                  2009年5月、日仏国交150周年の記念式典で披露されました。






                                                  思えば4年、

                                                  私は、一色の生多良のストールに魅了され、生多良の色をたくさんの方々に

                                                  届けたいと願い、夢中で生多良のストール作りに没頭し、



                                                  そして、

                                                  この『月光』を目にして、何かに取り憑かれたかのごとく

                                                  私は、この『月光』を追い求めて、突き走ってきたように思います。




                                                  この『月光』魔力のような、この輝きは

                                                  造り手の魂だけでなく、消え行こうとしている大島紬の

                                                  最後の命の火が、燃え尽きる瞬間の輝きではなかろうか。



                                                  本場大島紬は、10年後には無形文化財になるであろうと

                                                  幾人かの人の声を聞く。

                                                  この1、2年が一番、素晴らしい大島紬が生まれる。

                                                  最期の時と、口を揃えて人は言う。






                                                  生多良の記憶の色2〜奄美の色

                                                  2010.03.23 Tuesday

                                                  0


                                                    sinbashi-1

                                                    本日も、奄美 ~ ティダぬ島 唄ぬ島 [DVD] を流しながら、



                                                    4月4日からの個展の準備。映像の中には、手にしているumu-wakaの色々が

                                                    あちらこちらにある。奄美の海々の色、奄美の奥深い山々の色、植物の色々。

                                                    生多良が見てきた記憶の色なのだろうか。




                                                    奄美の色は日本の色でありながら、内地の感覚の日本の色よりもおおらかで自然だ。



                                                    人間が決め込んだ色の秩序感、窮屈感が、色の中にない。

                                                    色の言葉に縛り付けられる、色の左脳の決め事、独占欲、既得意識がない。

                                                    奄美に渡ってから、色哲学脳のストレスから、さらに解放される。




                                                    私は、カラーブランディング、色彩心理学の仕事をしながら、窮屈感

                                                    お仕着せ感を感じていたけれど、


                                                    生多良と色のことを話している時は、とても楽しく、自由で優しくて、

                                                    もっともっと、クリエイティブな場面や時間が広がった。



                                                    それは、左脳的にいえば、クリエイティブと対応するカラーは

                                                    ターコイズブルー。ってことになるんですが、奄美の海の色。




                                                    sinbasi-2


                                                    奄美 ~ ティダぬ島 唄ぬ島 [DVD] と、umu-wakaストールの色達。



                                                    海の色合いを見ていて思う。

                                                    生多良と試行錯誤しながらumu-wakaの新橋色を造っていった。新橋色をイメージ

                                                    しながら50本以上は染めただろうか.....。

                                                    その新橋色の染めサンプルの色達を見ていると、その色々は、奄美の海の色だった。





                                                    季節、天気、時間、浅瀬、深瀬......。の色。




                                                    同じ南国、沖縄の海の色でもなく、フィリピン・セブ島の海の色でもない。





                                                    奄美大島の海の色。

                                                    生多良の記憶の色の中には、悲しみや孤独、人生の深みも受け入れた

                                                    母なる奄美の海の優しさがある。








                                                    奄美大島と同じように湿気が高い気候のフィリピンセブ島にも、
                                                    奄美大島にある、高床式の高倉のような家屋がある。
                                                    浜辺の集落に続く道の雰囲気などは、どことなく似ているが、
                                                    海の色、海が語りかける何かは違っている。







                                                    生多良の記憶の色

                                                    2010.03.22 Monday

                                                    0
                                                      2010.3.22国直




                                                      生多良が育った集落近く、国直海岸・本日の波のローブ。 

                                                      優しく伸ばされた母の腕に包まれるような、そんな感覚をおぼえます。 


                                                      生多良は、生まれてすぐに母の懐から離れて、この奄美大島で育った。

                                                      生多良も、こんな優しい母の腕の中で抱きしめられるような、

                                                      こんな波のローブを見つめていたのだろうか?




                                                      〜2010.3.22.PM18:32 国直海岸〜真上にかかる月と飛行機雲〜



                                                       
                                                      今は焼酎を飲んでいる生多良だが、

                                                      生多良がミルクを飲む幼い頃は、アメリカ統治だった奄美大島。

                                                      アメリカの飛行機は、奄美の空に飛行機雲をつくっていたのだろうか?



                                                      国直海岸・てるぼーずさんのblogにアップされた写真の中に、私は座って

                                                      思いを巡らせていた。

                                                      てるぼーずさん→http://kuninao.blog106.fc2.com/ 


                                                      奄美の島に抱かれて〜2 中孝介さんgift

                                                      2010.03.20 Saturday

                                                      0

                                                         島は生き物


                                                        よく、島は生き者。その島に馴染まない者は、はじかれて、その島にさえ

                                                        上陸することができないと言われます。

                                                        今回は、まるで奄美大島に呼ばれるかのごとく。

                                                        奄美大島という、ひとつの存在と対話しているような感覚がありました。



                                                        そういえば、今年に入ってから出会う人は

                                                        奄美大島と関係のある方ばかりで、出発間際に出会った人も実家が奄美大島で

                                                        泥染工場をしていますとか、奄美から戻ってからも、祖母が奄美大島で織り手を

                                                        していましたとか、うちのマンションの上の階に奄美大島の人がやってきたり

                                                        なんだか日本の人口の半分が奄美大島で、首都が奄美かも?って思われる程。


                                                        不思議ですが、奄美大島という存在が近くにいてくれます。



                                                        福木
                                                        国直の福木並木




                                                        2010.3.4〜午後3時〜

                                                        瑠璃色の蝶ちゃんと別れて、国直海岸にあるCafe&染めのてるぼーずさんを目指す。http://kuninao.blog106.fc2.com/

                                                        生多良が育った集落も国直海岸近く。この集落だけの文化で『福木』でできた

                                                        生け垣がある。奄美大島では集落ごとに言葉が少し変わったり、

                                                        その集落ごとに独特の個性、はたまた、その集落の柄、大島紬の柄にも

                                                        特徴があったりする。



                                                        国直海岸近くにあるこの集落にだけある、この福木の生け垣は

                                                        台風などの災害から家を守るもの。


                                                        そして、その福木も染色の材料になるのですが、福木で染めるときれいな

                                                        黄色になる。その黄色はumu-waka小娘シリーズの蒲公英色そのもの。

                                                        これも生多良の記憶の色なのでしょう。




                                                        twitterで知り合ったてるぼーずさんのサイトでは、奄美、国直海岸の風景が

                                                        毎日アップされ、私はとても楽しみにしていた。

                                                        インターネットの画面を通じて話すてるぼーずさんと、国直海岸が目の前に

                                                        ある不思議感。ゆっくりとシェアをしようと思うが、

                                                        この日は、大切な予定が入っていて、午後5時まで名瀬まで戻らなくてはいけない。

                                                        福木の染めは次回に、そして軽く食事をしながら、あたふたとてるぼーずさんを

                                                        後にしようとすると



                                                        ちょっと待って!!こっちに来て!!!!

                                                        と呼ばれるがまま、お店の裏側に回り福木並木まで案内された。


                                                        絆CD




                                                        『ここ、中孝介さんの『絆』のアルバムジャケットの写真を撮影した場所。

                                                         中孝介さんが、ここに立って、こんな風に写したんですよ。』


                                                        同じアングルで写真を撮っていただいた。ラッキーでございます。


                                                        福木な私



                                                        いやはや、飛行機の離陸時に聞いた曲は『絆』。すごい絆がある!!




                                                        またの再会を約束して、てるぼーずさんをあとにし名瀬へ戻り、織り元の

                                                        興社長と合流して、用事を済ませ、美味しい、美味し過ぎる食事をごちそうに

                                                        なり、この日はカラオケタイム!!!




                                                        興社長の行きつけのスナックへ。

                                                        そしてこの店は、中孝介さんも一人で飲みにくるお店だった。

                                                        お客さんは興社長と私二人だけ。静かに中孝介さんの話を聞きながら

                                                        現れるといいね。なんて話しているうちに店内は大勢のお客さんでいっぱいになった。





                                                        20名程の51才の女性達は同窓会の2次会。

                                                        そして8名程のグループは興社長の知人達グループ。

                                                        そして、もう一組みの7名のグループの中には、中孝介さんのお母様。







                                                        おおおおおお〜〜〜。

                                                        興社長は、この際だからアンタ、中孝介さんの歌をうたいな。と。

                                                        確かに、中孝介さんのお母様の前で、中孝介さんの歌をうたうってことは

                                                        この先、何も恐い物なし!なある意味、肝試しだわなと〜。



                                                        そして、歌ったわな〜。私。

                                                        そして、奄美では歌い終わった後は『はな はな〜!!!』と言い合って

                                                        グラスをあわせて乾杯をする。



                                                        これは上手だったよ〜乾杯〜!という意味なんですが、可愛い表現ですね。




                                                        まあ

                                                        その後は、お母様の歌を何曲か聞き、そしてお客さん全員で盛り上がり

                                                        歌い踊る!!!奄美の女性はパワフルで明るく太陽のようだ!!

                                                        いやはや、51才グループのテンションは20代!!!見た目は30代!



                                                        そんな姐様方は、私が内地から来たことを知って驚いていた。私を奄美の人と

                                                        思っていたと。それは、きっと昼間、奄美と一体になれますようにと願って、

                                                        海の水を飲んだから。

                                                        細胞から溢れ出るオーラーは、奄美色になっていたんだろうな。




                                                        内地の人には、とことん優しい奄美の姐様方。

                                                        奄美大島の南の方にある、瀬戸内に住むお姐様は、紫色の珊瑚礁を見せてあげるから

                                                        今度は、私んちに泊まりな!って。嬉しいね〜この人の近さ!!!









                                                        最後はお母様の島唄に合わせて、島唄を踊る。こりゃ奇跡です。


                                                        奄美の島唄 朝花節

                                                        稀稀 汝ば拝でぃ〜 


                                                        稀な出会いは神様のお導きでしょう〜。そのもです。




                                                        そして、思うに

                                                        昔から人が集って、食事をしながら蛇三線を弾いて唄い、老若女男楽しく踊る。

                                                        その風習、その温かさ、人との近さがここにある。



                                                        いやはや、初日の奄美大島は、中孝介三昧・朝花DAYとなりました。

                                                        すごい!!おもてなしです。









                                                        奄美の島に抱かれて〜1

                                                        2010.03.20 Saturday

                                                        0
                                                          2010.3.5〜 午後2:30
                                                          蝶



                                                          浜で出会った女性と別れて、車のエンジンをかけて国直海岸を目指す。

                                                          美しい海の色がなごり惜しく、大浜海浜公園から少し離れた場所で、もう一度

                                                          車を停め海をながめる。




                                                          砂浜に沿って広がる、小さな白い花々が可愛らしく潮風になびいている。

                                                          海のターコイズブルーに白い小花畑の色風景は、まるでumu-waka小娘シリーズ

                                                          のような配色だなあと、無邪気に奄美の小娘がその白い砂浜で遊ぶ姿を想像していると

                                                          美しい瑠璃色のチョウチョがやってきた。




                                                          chou-2


                                                          お。umu-wakaストールの新新橋色と同じ色だわ。蝶ちゃんの羽根〜。

                                                          嬉しくって私は、『蝶ちゃん、蝶ちゃん』と話しかけた。

                                                          ふんわふんわと、花の蜜を吸いながら、時には私の声に答えるように近くにやってきた。


                                                          海に砂浜に蝶ちゃん!この美しい風景を写真に納めたいと思い、アングルをさがす。

                                                          『蝶ちゃん!もうちょっと右に行って〜。』

                                                          この動画からも聞こえるような激しい風の中、蝶ちゃんは踏ん張りながら

                                                          そのベストアングルに答えようとしては、潮風に流されていた。




                                                          素敵なショットを納めた私は、蝶ちゃんにありがとうといって、さようならを言うと

                                                          蝶ちゃんは、気ままにどこかに飛んで行った。







                                                          なんだか

                                                          奄美の島から、『よく、来たね、やっと来たね〜』なんて祝福されているようで〜

                                                          その祝福の歓迎は、初日はまだまだ続く。


                                                          朝花便り〜

                                                          2010.03.17 Wednesday

                                                          0
                                                            手紙



                                                            奄美から戻り、すぐに東京へ3泊4日の出張。

                                                            東京国際文化会館で行なわれた丹後の春の遊びの会、そして4月、5月のイベントの

                                                            打ち合わせを終えて名古屋に戻ると、奄美から送った荷物が届いた。

                                                            衣類と一緒に入れた、浜で拾った珊瑚は少し湿っている。

                                                            奄美の海が、まだ近くにあるようで嬉しかった。



                                                            そして、その珊瑚を拾った奄美の浜で稀有な出会いをした女性のお父様からの

                                                            お手紙も届いた。


                                                            神様が出会わせて頂いた1つ縁は、暖かな心を広げて行く。







                                                            2010年3月5日〜稀有な出会い〜



                                                            週間天気予報を見ると、奄美滞在中は雨のち曇りの日ばかり。

                                                            3月5日の天気予報も雨でしたが、午後からお天道様が上がり陽も差してきた。

                                                            この日は、奄美パークにある田中一村美術館に行く予定をしていたが

                                                            海に行こう!と予定変更。


                                                            そう私は、奄美に着いたらすぐに、奄美の海にkissの挨拶をしたいと思っていたしね。



                                                            宿泊のホテルは名瀬の繁華街。地図を見ながら、右に行こうか左に行こうか.....。

                                                            どちらのコースを辿っても海だからね。




                                                            生多良から聞いていた「福木」のある国直海岸。

                                                            国直には、奄美出発前、twitterで知り合った『てるぼーず』さんのお店もある。

                                                            毎日アップされる、国直海岸の写真を見て奄美行きを楽しみにしていたしね。

                                                            国直....そう思って、私は左にハンドルをきった。




                                                            海岸沿いから山を登り、坂を下ると大海原が見えてきた。

                                                            砂浜まで降りられそうな場所を見つけ、車を停めて

                                                            私は誰もいない砂浜を、猛ダッシュ!!!

                                                            奄美に来た〜〜〜!!!!




                                                            uni



                                                            潮が引いた岩陰には、可愛らしいウニ君もひょっこり〜。

                                                            とても幸せな気分で、大いなる奄美の海の神様にご挨拶をして

                                                            海の水をすくい上げ、キスをした。



                                                            そして

                                                            奄美と一体になれますようにと願って、海の水を頂き身体の中に入れた。

                                                            とても神聖な時間だった。








                                                            薄らと雲で陰った空の下だけれど、海の色はumu-wakaストールの新橋色や

                                                            瓶覗色のグラデーション。


                                                            美しい海の色をカメラにおさめながら......

                                                            私も、この海と一緒に記念撮影をしたいと思うが、私は一人〜。

                                                            砂浜に着地している自分の足を撮るしかない〜








                                                            ふと、振返ると一人の女性が貝拾いをしている。

                                                            その素敵なミセスは、とても一人の時間を大切にしている雰囲気だったので

                                                            そっと近づき、静かに声をかけようとすると



                                                            彼女の胸元のアメジストが、優しく微笑みかけてきた。

                                                            そのアメジストは、紫色なのに優しいピンクの色をかもしだし、奄美の海のように

                                                            透明感が続いていた。



                                                            『うわ!きれ〜なアメジストですね!!』



                                                            嬉しくって元気よく声をかけてしまったのですが、そのミセスはにっこり

                                                            微笑み、このアメジストは素敵な出会いを運び、私を守ってくれるものなの。

                                                            だから旅に出る時は、いつも着けているの。と。









                                                            彼女は奈良在住50代後半ぐらい。奄美で療養中のお父様を迎えにきたと。

                                                            一泊二日の予定で、明日はお父様を岐阜県まで送り、その足で奈良に帰ると。

                                                            けっこう長く話をした。いろんなことを。


                                                            彼女も今回の奄美は、自分の魂のルーツに関わりがある旅になりそうだと感じ

                                                            平家が最後にたどり着いた、この浜で貝を拾いながら

                                                            色々なことを振返っていたと。


                                                            そして

                                                            奄美で療養中のお父様は、俳句や短歌が好きで

                                                            奄美でも、たくさん書いておられたようだと聞き、私は、お父様の詠に触れて

                                                            みたくなったので、戻ってからお父様の俳句を送って頂く約束をした。



                                                            こんな人気のない場所で、こんな風に出会うなんてね。神様からのご縁ね

                                                            と出会いを喜びさよならをした。






                                                            お父様からの手紙は、とても詩的で古き良き匂いがした。

                                                            しかし、筆圧や文字の具合をみると、手元が少し不自由なのかもしれない。

                                                            でも丁寧に丁寧に書かれた文章は優しくて、お父様の人柄や人生が感じられました。

                                                            桐山 俊雄 さんが詠まれた短歌です。






                                                            ハイビスの 咲き増す奄美の冬すびに

                                                                     風は海より春を連れ来る




                                                            夜を集ふ 八月踊に島びとの交わす 

                                                                     絆のあたたかさを見き




                                                            泥染めの 八十余たびのくり返し

                                                                  斬くして織られ行く島紬




                                                            伝統の秘技 なほ冴へて

                                                               白魚の指の織りなす 大島紬






                                                            素敵な色合いのお手紙に添えられていた唄は、

                                                            4月の個展にも、『経』としてご一緒させて頂こうと思います。








                                                            神の引き合わせに 稀れ稀れ 汝きゃば拝でぃ

                                                            2010.03.11 Thursday

                                                            0

                                                              今回の奄美は、私にとって魂の根源とつながる旅となりました。



                                                              神の引き合わせに 稀れ稀れ 汝きゃば拝でぃ



                                                              これは奄美の島唄『朝花』の一節。

                                                              あなた方とこうしてお会いできることは、稀有なことで

                                                              これは、神様がお引き合わせでしょう。と唄っている。



                                                              ↓朝花節(注:音が出ます!)↓




                                                              奄美大島、大いなる自然、海々に樹々のあちこちに、

                                                              確かに神々の存在を感じ、神に引かれるように人や植物、動物、昆虫たちと

                                                              出会い、言葉を聞き、気配を聞き、その存在の色が優しく囁きや歌声を聞かせ


                                                              まさに、わたしも命あるものとして迎えられていると。




                                                              朝花は、架空の花。

                                                              架空かもしれないと思われるほど、意識を研ぎ澄ませ

                                                              架空かもしれないと思われるほど、現実より深いところにある

                                                              自分のその目や耳は受け取る。




                                                              はかりしれない魂の時間の経。

                                                              太古の昔から、私も植物も動物達も土地の小さな粒子までもが

                                                              同じ気候を受け入れ、そして、それぞれの人の生きた経の中から生まれる

                                                              愛おしい絆や、命の宿るモノモノが造られていく。



                                                              全ての存在が、大切で愛おしいものであることを

                                                              私は奄美大島という存在に、全ての経と共に抱きしめられ、

                                                              すでにあるものを照らされた。





                                                               本場大島紬 『朝花』 興紬