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2018.02.15 Thursday

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    セピア色の中で〜受け継ぐこと

    2016.03.13 Sunday

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      hakuoucha
      枯淡桜茶・kotanoucha   薄桜香茶色・hakuoukoucha-ro  桜香茶色・oukoucha-iro






      桜の木々は、花を咲かせる前のこの時期

      幹、枝々は桜の花色を含んだ茶色でいっぱいになる。溢れんばかりの生命力は節々に、そして桜の木に共存する苔たちの

      緑も光が強くなり、桜の木から放たれる目に見えないエネルギーのようなオーラのような「そのもの」は町を山を世界を

      芽吹の春の生命力を与える。しかしながら、その溢れんばかりの桜の木々の全体の中に、薄グレーのピンクの中に枯れ枝

      が静かに美しい。花が咲く前の桜並木を遠くから見る美しいグラデーションは、若い枝たちに命を託した古枝の命の美しさが

      ある。心を打つ美しさは、その陰影を写しているからだろうか?

      枯淡桜茶色(こたんおうちゃ)は、その美しさを染めた色。






      枯淡桜茶色を含んだグラデーションの桜並木

      スクリーンショット(2016-03-13 16.51.11).png





      一の実のしづかに枯れてをりにけり/日野草城(ひのそうじょう)が詠んだ俳句を思い出す。

      受け継ぐ事、受け継ぐその世界観を感じたりもする。枯淡の境地。

      そして2008年に見た山口伊太郎の源氏物語絵巻の錦織展の時を思い出す。

      https://info.linkclub.or.jp/nl/2004_1_2/yugou_sinka.html





      枯淡の境地とは、よく耳にする言葉ですが、


      枯淡とは、

      柄・性質などがあっさりしていて、しつこくないこと。世俗的な名利にとらわれないで、さっぱりしていること。
      また、そのさま。「―な(の)境地」


      俗っぽさがぬけ、あっさりとした中に趣があること。また、そのさま。

      と辞書には記されています。




      kotan
      枯淡桜茶・kotanoucha






      人も同じなのかな。と年を重ねた世代の会話や日常の行動や暮らしと重なる。プライベートでは母のこと、

      そして仕事のことも重なります。いや、今まで、その枯淡の境地の視線で「こりゃ大変だ!」な事態も編集というか

      クリエイティブに変換させて、色やモノを生みだしてきたのかもと、この句読点の時期に思う。


      すべて有り様のまま。

      すべて有り様のまま。

      受け入れるだとか、無条件の愛をクリエイティブエネルギーとか、マジナイの言葉なんて言ってられない現実。

      ただ有り様のままでしかない。ただそういうこと。

      仕事も家庭も同じキーワードの中にある。










      伝統工芸を受け継ぐということも同じで、大島紬だけでなく、うちのストールの布地を織ってもらってる

      古くからの絹織物産地、甲斐の国も同じで、受け継ぐ者同士、その皺寄せに泣きたいところだが

      屈せず、色々なルーチンを説明書をと努力をしても高齢世界、そしてセピアな曖昧さの中では「報連相」なんて

      通用しないのです。良いも悪いもない世界では「報連相」、ほうこく、れんらく、そうだんはセピアに消える。









      枯淡桜茶色の中には

      人間の試行錯誤、小さな智慧や悪あがき、小手先が及ばない「自然の摂理」を見せられる。


      自然の中の粒子の一粒が、私であり、誰かれであるものと。

      新たな世の摂理の中での粒子。




      今までの本能とは別の「その本能」に委ねよう。







       










       
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